2009年6月26日 (金)

マイケル・ジャクソン氏の御冥福をお祈り致します。

アメリカの人気歌手、マイケル・ジャクソンが25日、ロサンゼルスで死去した。享年50歳。ジャクソン氏は心配停止状態で搬送され、同日午後二時二十六分に死亡が確認された。

「スリラー」、「ビリージーン」、「バッド」等の多くのヒット曲を世に送り出した一方、64年に『さよならチャーリー』で映画デビュー。『ウィズ』(78)や製作総指揮を務めた『ムーンウォーカー』(88)、『メン・イン・ブラック2』(02)に出演。

ここ最近、ビッグな著名人が相次いで亡くなっている・・・・・・。三沢光晴、日活アクションやTV刑事ドラマの名作を手懸けた長谷部安春監督、そしてマイケルと・・・・・・。特に三沢選手とマイケルは早過ぎた死だ!!

合掌!!

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2009年6月15日 (月)

名レフェリー、テッド・タナベ氏のご冥福をお祈り致します。

三沢光晴選手に続いて大阪プロレスのレフェリー、テッド・タナベ氏(本名:田辺哲夫)が死去した。享年46歳。

タナベ氏は、14日に大阪は難波の“Move onアリーナ”で行われた同プロのメインイベント終了後、意識不明の状態に陥り、市内の病院に搬送された。

二日に渡ってプロレス界に衝撃的な悲報が舞い込んでくるとは・・・・・・。

心からお悔やみを申し上げ、ご冥福をお祈り致します。

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2009年6月14日 (日)

プロレスラー、三沢光晴選手の御冥福をお祈り致します。

13日午後8時30分頃、プロレスラーの三沢光晴選手が試合中に倒れ、心肺停止状態で病院に搬送されたが午後10時10分に死去した。享年46歳。

三沢選手は、試合でバックドロップを喰らい、頭や首を強打してそのまま動けなくなったらしいが、その前から体調が悪そうな素振りを見せていたという。

とにかく残念だ!!。更に本格的になってきた新日本プロレスとの対抗戦での活躍を期待していた矢先のこの訃報・・・・・・。ジャッキー・チェン主演『スパルタンX』のテーマ曲で入場してくるあの雄姿、お得意のエルボー、もっと観たかった・・・・・・!!

三沢選手に心からお悔やみ申し上げ、ご冥福をお祈り致します。

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2009年6月 5日 (金)

デヴィッド・キャラダイン氏のご冥福をお祈りします

数々のB級映画で活躍してきたデヴィッド・キャラダインが4日、タイはバンコクのホテルで遺体で発見された。享年72歳。室内のカーテンの紐で首を吊っていたといい、自殺したと見られている。

俳優一家に育ち、『アパッチ大襲撃』(64)でスクリーンデビューを果たす。父ジョンとの共演作『明日に処刑を・・・』(72)で注目を浴びる。72年から三年間に渡って放映されたTVドラマ『燃えよカンフー』(72~75)のクワイ・チャン・ケイン役で人気者となった。その後もB級映画を中心に100本以上の作品に出演。日本で公開された主演作には『サイレントフルート』(77)、『デス・レース2000年』(75)、『ランナウェイ』(77)等がある。近年では、クエンティン・タランティーノ監督作品『キル・ビル』二部作(03、04)、『鉄板英雄伝説』(07)、『ヘルライド』(08)に出演。

ご冥福をお祈りします。合掌!!

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2008年6月11日 (水)

映画評論家、水野晴郎氏のご冥福をお祈りします。

映画評論家で映画監督の水野晴郎が10日午後3時5分に死去していたことがわかった。享年76歳。死因は、肝不全。

日本テレビ系洋画劇場『水曜ロードショー』や『金曜ロードショー』、神戸サンテレビのローカル洋画劇場『ドリームシアター』の解説で有名な一方、『シベリア超特急』シリーズの映画監督、警察学博士、俳優、タレントとして様々なメディアで活躍してきた。

7月公開の映画『ギララの逆襲 洞爺湖サミット危機一発』の特別出演が彼の遺作となる。突然の彼の訃報にかなりショックを受けてしまった。『シベリア超特急6』の製作途中だったというのにかなり残念だ!!彼の決め台詞「いや~映画って本当にいいもんですね~!!」は、永遠に不滅だ・・・・・・。

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2008年5月28日 (水)

シドニー・ポラック監督のご冥福をお祈りします。

映画監督のシドニー・ポラックが26日、がんのためロサンゼルスの自宅で死去した。享年73歳。

アメリカ・インディアナ州出身。高校卒業後、ニューヨークで俳優として活動する。ジョン・フランケンハイマーと知り合ったことがきっかけでハリウッドに拠点を移し、TVドラマの監督に転身した。65年に『いのちの紐』で映画監督としてデビューし、69年の『ひとりぼっちの青春』でアカデミー賞9部門にノミネートされて一躍有名になった。73年の『追憶』は大ヒットを記録した。その後も『ザ・ヤクザ』(74)、『コンドル』(75)、『出逢い』(79)、『トッツィー』(82)といった話題作を世に送り出した。85年の『愛と哀しみの果て』は作品賞をはじめ7部門を獲得し、自身も監督賞で初めてオスカーに輝いた。役者としても多くの作品に出演し、プロデューサーとしても多くの社会派作品を手懸けた。

7月12日に日本で公開される『近距離恋愛』がポラック監督の最後の出演作品となる。

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2008年2月12日 (火)

名優ロイ・シャイダー氏のご冥福をお祈りします。

俳優のロイ・シャイダーが2月10日、米アーカンソー州リトルロックのアーカンソー大学付属病院で多発性骨髄腫による感染症のため死去した。享年75歳。

32年11月、ニュージャージー州オレンジ出身。60年前半は主に舞台俳優として活躍し、63年、『Curse of the Living Corpse』で映画デビューを果たす。68年にオフ・ブロードウェイでオビー賞を受賞。71年、『フレンチ・コネクション』でジーン・ハックマン扮する主人公ポパイ刑事の相棒バディ刑事を演じてアカデミー助演男優賞にノミネートされ、注目を浴びる。その後、『ジョーズ』(75)で凶暴な巨大人食いサメと闘うアミティ警察のブロディ署長を演じてトップスターの仲間入りを果たす。79年、ブロードウェイの振付師として有名なボブ・フォッシー監督の自伝的作品作品『オール・ザット・ジャズ』ではアカデミー主演男優賞にノミネートされた。90年代以降はB級作品やTVドラマに出演し、脇役が多かった。代表作に『重犯罪特捜犯 ザ・セブン・アップス』(73)、『恐怖の報酬』(77)、『ジョーズ2』(78)、『ブルーサンダー』(83)、『2010年』(84)等がある。

04年に多発性骨髄腫を患い、翌年には骨髄移植を経験するなど闘病に専念していた。

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2008年1月23日 (水)

人気若手俳優ヒース・レジャー氏のご冥福をお祈りします。

ハリウッドで活躍する若手俳優のヒース・レジャーが22日、ニューヨークの自宅で遺体となって発見された。享年28歳。ニューヨーク市警は、死因を薬物の過剰摂取であることを発表した。

1979年4月4日、オーストラリア出身。幼少時代より劇団に所属し、子役として活躍。『恋のからさわぎ』(99、日本未公開)で主演に抜擢され、ハリウッドデビューを果たす。『ROCK YOU!』(01)でさらに大ブレイク。『ブロークバック・マウンテン』(05)では、アカデミー主演男優賞にノミネートされた。2005年、『ブロークバック・マウンテン』で共演したミシェル・ウィリアムズとの間に長女が誕生したが、2007年に破局。今夏公開予定の『バットマン ビギンズ』(05)の続編『ザ・ダーク・ナイト』(08)が遺作となる。他の出演作に『パトリオット』(00)、『チョコレート』(01)、『サハラに舞う羽根』(02)、『悪霊喰』(03)、『カサノバ』(05)、『ロード・オブ・ドッグタウン』(05)、『ブラザーズ・グリム』(05)、『キャンディ』(06)、『アイム・ノット・ゼア』(07、日本公開予定は08年GW)がある。

彼のさらなる大活躍はこれからだというのに早すぎる!!非常に残念だ!!合掌・・・・・・。

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2007年10月22日 (月)

歌う映画スター、山田真二氏のご冥福をお祈りします。

映画俳優、歌手として活躍した山田真二(本名、山田常高)が15日、間質性肺炎で死去。享年70歳。

1954年、松竹に入社。二枚目俳優として『三四郎』(55)等に主演。56年に歌手として「哀愁の街に霧が降る」が大ヒットを記録。同名タイトルの映画も製作され、山田自身が主演を務めた。この「哀愁の街に霧が降る」は、04年に山川豊によってカバーされた。「娘が口笛吹く時は」で59年のNHK紅白歌合戦に出場。日本映画界が斜陽化した60年代後半からは、表舞台から姿を消したが、懐メロ番組で歌う姿は近年でも観られた。

個人的には日活映画『嵐を呼ぶ男』(66、石原裕次郎の代表作を渡哲也主演で舛田利雄監督がリメイク)や『紅の流れ星』(68)の脇役を未だに覚えている。『哀愁の街に霧が降る』は、正式デビューする前の菅原文太が中川という学生役で出演しているので、貴重映像としても楽しむことができると確信している。ビデオ及びDVD化、TV放映を強く期待している限りだ。

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2007年9月 7日 (金)

日本人初のオスカー女優、ナンシー梅木氏のご冥福をお祈りします。

日本人で初めて米アカデミー賞助演女優賞を受賞した女優のナンシー梅木氏が、8月28日にガンのためにミズリー州オザークの高齢者施設で死去した。享年78歳。

29年(昭和四年)4月3日、北海道小樽市出身。ジャズ歌手として活躍していたが、53年に新東宝映画『青春ジャズ娘』で映画デビュー。55年に渡米し、57年に『サヨナラ』に出演。朝鮮戦争下に米兵と恋愛し、心中する日本人女性を演じてアカデミー賞助演女優賞を受賞。日本人初のオスカー女優となった。その後はミヨシ梅木に改名し、『フラワー・ドラム・ソング』(61)、『嬉し泣き』(61)、『戦略泥棒作戦』(62)に出演。『忘れえぬ思い』(63、日本未公開)が最後の出演となり、70年代初頭に引退。その後は、ミズリー州で家族とともに平穏に暮らしていた。

日本人でオスカーを獲得したのはナンシー梅木氏ただ一人だ。近年では渡辺謙氏や菊池凛子氏がノミネートされたが、受賞は逃している。梅木氏のご冥福を祈ると同時に彼女に続く日本人オスカー受賞者が現れることに期待したい。

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2007年6月 5日 (火)

作曲家、羽田健太郎氏のご冥福をお祈りします。

“ハネケン”の愛称で親しまれた作曲家・ピアニストの羽田健太郎氏が2日、肝細胞がんで死去。享年58歳。

東京都出身。桐朋学園大学ピアノ科卒業と同時に音楽活動をはじめ、クラシックから映画音楽、TVやCM、ゲームの作曲など幅広く活躍。『題名のない音楽会』(テレビ朝日系)の司会や『おもいっきりテレビ』(日本テレビ系)のパネラーとしても活躍。

映画では、『戦国自衛隊』(79)、『薔薇の標的』(80、主演は舘ひろし。端役で峰竜太も出演し、舘と初共演。後に『西部警察』でも共演することとなる。)、『復活の日』(80)、『吼えろ鉄拳』(81、チッチキチーのギャグでお馴染みの漫才師、大木こだまも出演しているのがかなり異色。)、『凶弾』(82、石原良純のデビュー作にして初主演。)等の劇伴を担当。TVでは、『西部警察PART-Ⅱ、Ⅲ』や『渡る世間は鬼ばかり』が有名。特に『薔薇の標的』では第4回日本アカデミー賞優秀音楽賞を受賞。この作品で使用された劇伴の一部は、『西部警察PART-Ⅱ、Ⅲ』でも流用された(他にも羽田氏が音楽を担当したTVアニメ『スペース・コブラ』や『科学救助隊 テクノ・ヴォイジャー』の劇伴も流用されたことは、『西部警察』ファンの間ではかなり有名!)。

私にとって羽田氏は、やはり『西部警察PART-Ⅱ、Ⅲ』のテーマ・ソング「ワンダフル・ガイズ」及び劇伴である。この番組が夕方5時から再放送されていたとき、私はまだ幼少時だった。その頃から現在に至るまで羽田氏がプロデュースされた『西部警察』の劇伴をずっと聴いている。羽田氏の音楽があったからこそ映画やドラマの面白さが倍増したといっても過言ではないと思う。惜しい音楽家を無くし、実に残念である。羽田氏は映画やTVドラマを盛り上げた一人であったことに間違いはないのだ。

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2007年5月24日 (木)

熊井啓監督のご冥福をお祈りします。

社会派作品で知られる熊井啓監督が23日午前、死去した。享年76歳。

長野県出身。53年に信州大学を卒業し、翌年に日活入社。10年後に『帝銀事件 死刑囚』で監督デビュー。67年に独立プロを主催する二大スター、石原裕次郎と三船敏郎が黒部ダム建設に命を懸ける熱い男を演じた『黒部の太陽』を監督し、当時の日本映画界の古いシステム“五社協定”という壁を三人で打ち破り、カルト作品として現在でも語り継がれ、未だにソフト化されていないということでDVD・ビデオ化を望むファンも多いほど。二年前の05年には、監督自身がその全貌と様々なエピソードを綴った「黒部の太陽 ミフネと裕次郎」を出版。

『黒部~』の直後にフリーに転身し、75年には『サンダカン八番娼館・望郷』でベルリン映画祭に参加し、主演の田中絹代が銀熊賞(女優賞)を獲得した。87年にも遠藤周作の名著を映像化した『海と毒薬』で銀熊賞(審査員特別賞)を受賞。海外でも高く評価された監督の一人であった。

01年にはオウム真理教による松本サリン事件を描いた『日本の黒い夏-冤罪-』も話題になり、翌年に黒澤明監督の脚本を元に監督した『海は見ていた』が最後の監督作品となった。

日本映画界の名匠がまた一人失われてしまった。心からご冥福を祈ります。そして、『黒部の太陽』のDVD・ビデオ化を心の底から希望しています。せめてTV放映でも・・・・・。

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著者:熊井 啓
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